名古屋高等裁判所金沢支部 昭和44年(ラ)32号 決定 1969年7月30日
抗告人 山岸正明
主文
原決定をつぎのとおり変更する。
抗告人に対し、金沢地方裁判所小松支部昭和四四年(ワ)第六一号公正証書無効確認事件の訴状に貼用すべき印紙の納付について、訴訟上の救助を与える。
抗告人のその余の申立を棄却する。
理由
第一、抗告の趣旨及び理由
抗告人は、「原決定を取消す。抗告人に対し訴訟上の救助を与える。」との決定を求め、その理由として、
一、憲法第三二条によれば、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない、とあるも、抗告人は、実質的には訴訟費用調達不能のために裁判を受けることができず、無効である公正証書により、ほしいままに財産が奪われた。その当否について、裁判所において裁判を受けたいので訴訟上の救助を申立てたが、原審は同申立を却下した。
二、金沢地方裁判所小松支部昭和四四年(ワ)第六一号事件(以下本案事件という)は、最高裁判所の判例などにより勝訴の見込みは充分にある。よつて原決定に不服があるので本件抗告に及んだ、
とのべた。
第二、当裁判所の判断
一、前記本案事件記録中の訴状によると、控訴人は、山上農業協同組合を被告として、抗告人と右被告間に作成されている金額六八、〇〇〇、〇〇〇円、利息日歩金三銭、弁済期日昭和四二年三月三一日とする債務について執行認諾約款のある公正証書の無効確認を求め、その請求原因として、抗告人は右公正証書作成日当時、石川県寺井警察署に逮捕され、引続き勾留されていたこと及びその間接見禁止中であつたこと、右公正証書に記載のある代理人本田広誠に対し公正証書作成の委任をしたことがないこと、かりに当時抗告人の妻が右代理人を選任したとしても、権限踰越であること等により右公正証書は無効であると主張していることが明らかである。尤も抗告人は、右の如く公正証書の無効確認を求めているが、その真意は、同公正証書の執行力の排除を求める請求異議の訴ないしは同公正証書記載の債務不存在確認の訴を提起する趣旨であると善解されない訳ではなく、釈明によつてこの点が是正されることが予想され、また請求原因事実中、抗告人主張の公正証書が存在することは、前記本案事件記録中に、甲第一号証写として同公正証書謄本写が添付されていることからみて証明は確実であると予想され、また抗告人主張の身柄拘束関係については、その事柄自体証明は容易であろうし、代理権の点に関しても印鑑の照合や印鑑証明書交付の情況、妻の関与の程度等を証人尋問等によつて明らかにすれば、必ずしも立証が不可能とは考えられず、以上要するに、被告の答弁ないしは抗弁、反証の提出のない現段階における判断としては、前記本案事件は、勝訴の見込みがないと断定し去ることはできないものと認めるのが相当である。即ち本件は民事訴訟法第一一八条但書に規定する、勝訴の見込みなきに非ざる場合に当るものということができる。
二、そこでつぎに抗告人の資力につき判断するに、本件記録中の、抗告人に固定資産がない旨の辰口町長の証明書、抗告人は無資産、無資力であつて生活困窮者である旨の辰口町火釜区長、同町民生委員、及び同町人権擁護委員の各証明書、並びに当審における抗告人審尋の結果を総合すると、抗告人の家族構成は、母、妻、長女(名古屋市方面で就職)、及び長男(中学生)であり、抗告人が日雇労務者として日給金一、五〇〇円、一カ月平均二二日嫁働し、妻が銀行に勤務して月給金三五、〇〇〇円位を得ているが、抗告人及びその家族には目ぼしい資産なく生活困窮者であること、従つて本件において、抗告人は、民事訴訟用印紙法第六条の二、第六条の三、第一〇条等に規定する程度の申立印紙や、民事訴訟費用法所定の証人等の旅費日当等の予納については、抗告人の前記生活程度からみて充分支払可能と解されるが、本案事件訴状に貼用すべき民事訴訟用印紙法第二条規定の印紙(本件において前記公正証書記載の債権額金六八、〇〇〇、〇〇〇円を訴額として計算すると印紙額は約金三四〇、〇〇〇円となる)の納付については支障があること、換言すれば抗告人及びその家族の必要な生計を害することなしに、右印紙納付をすることができない状況にあること、等の事実が認められる。
三、ところで訴訟上の救助は、当該審級に限り、裁判費用の支払の猶予等について効力を生ずるものであるが、右救助の制度は、一般に裁判制度を利用する特定の者に費用の一部を負担させる原則に対する例外を規定したものであると解せられ、従つて、その適用は必要限度に止まるべきものであり、かりに一部といえども費用支弁の能力があるときには、同支弁可能の部分につき救助を与える必要はこれを見出すことができないこと、また右訴訟救助自体が訴訟費用全部につき効力を生ずるものでなく、前述の如く訴訟費用中当事者費用については必要性の点から救助を認めていないものであり、救助は訴訟費用全部につき不可分的に与えなければならないとの要請はなく、当事者の資力の程度如何によつては、右裁判費用等に関する救助の申立のうち一部についてのみ救助を与えることも理論上は許されると考えられること等の理由により、明文の規定はないが訴訟上の救助申立については申立の一部認容(一部棄却)も可能であると解するのが相当である。従つて結局、自然人に例えると、貧困であつて訴訟費用の全部を支弁することはできないが、自己及びその家族の必要な生計を害することなしに費用の一部を支弁することができるときは、右一部について救助の申立を認めず、残余の部分について救助を与えることができると解すべきである。
四、本件についてみると、抗告人は前記認定の如く本件訴状に貼用すべき印紙の納付については支弁不能であるが、その余の費用については支弁が可能であるとみられるから、本件救助の申立も右訴状に貼用すべき印紙納付について訴訟上の救助を与えるを相当とし、その余の申立は失当として棄却すべきものである。すると右と結論を一部異にする原決定は変更を免れず、同決定を右の趣旨に変更することとし主文のとおり決定する。
(裁判官 中島誠二 黒木美朝 井上孝一)